低空飛行net

名古屋駅西で活動するひきこもり・メンタル系自助グループ
低空飛行netのブログです

低空歩行

痕跡を辿る

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今週末の10日(日)には9月の 低空飛行第2@高畑 があります。
14時~20時まで開けていますので、時間のある方は覗いてみてください。


お菓子など食べつつ、近況報告をしたり、予定を立てたり、気晴らしできればと思います。
場所に自信がないという方もメールで気軽にお問い合わせください。
毎日消耗させられる事も多いですが、適当にやっていけたらと思います。


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この前、思い立って 佐屋街道 の岩塚宿~万場宿を過ぎた辺りまで2時間くらい歩きました。
ここは岩塚の辺りで、所々に古めの家屋もありましたが基本的にただの道路でした。


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岩塚宿場跡という立て札はあるものの、辺りには何の変哲もない民家しかない。
遍慶寺で岩塚城址の碑を見て、そのまま街道を進みます。


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名古屋のガンジス、庄内川の堤防に突き当たったので万場大橋を渡って向こう岸に。
マンションの陰に小さな社が見えます。


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小さな社、秋葉社のある場所がかつての万場の渡し跡で、常夜灯が残っていました。
実際はもう少し南辺りに渡し場があったようです。


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ひと気のないただの道路に見えますが、佐屋街道です。

ふんどし姿のおっさんが庄内川に立てた竹に登り、倒れた方向で吉凶を占いという
尾張三大奇祭の一つ、七所社の きねこさ祭り が道路に描かれていました。

今回は堤防を歩いてきたので七所社には寄りませんでしたが、ヤマトタケルの腰掛岩や
3つの古墳(塚)が「岩塚」の地名の元になった神社で、万場大橋の手前にあります。


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結構歴史があるらしい國玉神社や、でかすぎる灯篭のある光圓寺を通り過ぎる。
いかにも何かありそうな灯篭ですが、解説などは特になく。


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高速道路の下を通って北西に進みます。
この辺から大治町に入るようで、何も書いてなければ佐屋街道だとは気付かない田舎道です。


実は数日前、昔入院した時に同室だった大治町の人がもう亡くなっていると人づてに聞いたので、
何となく、その人の住んでいた近くまで行ってみようかなと漠然とした気分で歩いていました。


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砂子橋を越えると古い蔵らしきものが見えました。


同室だった人は自分より20くらい年上で、お互い退院後も1年くらい付き合いがありました。
10代で九州から単身名古屋に出てきて、ずっと天涯孤独の身だとよく言っていた。
九州に帰ると話していたので、今は九州で元気にしているとばかり思っていたのですが……。


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亡くなったと聞いて一番最初に思い浮かんだのは、入院中に一時外出の許可を貰った時、
その人の働く建築会社のロゴ入りの白い軽トラに乗って、大須などで遊び回った記憶でした。

勝手に遠出して遅く帰ったからか病院には叱られた気がしますが、
楽しかった2人旅の思い出として、何となくロードムービーみたいなイメージで残っています。


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自性院と栗田直政の記念碑が。誰か知りませんでしたが、源氏遠鏡を書いた国学者らしい。


機嫌がいいと自分が身に付けている物も気前よくあげてしまう人で、貰った帽子が今もあります。
「焼き穴子が美味い」と連れて行ってくれた回転寿司屋は、もうずっと前に潰れてしまった。


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「再入院したので面会に来てほしい」と言われて病室で会ったのが最後でした。

面会でどんな事を話したのか、ずっと昔の事で思い出そうとしても全然思い出せない。
写真も一枚もない。下の名前さえ思い出せない。共通の知人も、所縁の場所も知らない。
どこに行けばいいのかわからなくてこんな所に来てしまった。


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暗くなってきたので堤防を歩いて名古屋に帰りました。
結局、何か思い出せた訳でもなく、気が晴れた訳でもなく。
別に今までと何かが変わる訳でもない。

「一生を終えて後に残るのは、我々が集めたものではなく我々が与えたものである」
という言葉がありますが、確かに与えてもらった思い出と帽子はずっと残っています。
与えられたものはいつの間にか自分のものになり、軽トラの助手席に座っていただけだったのが
今度は連れまわす側になったり、自分の行動の中に探していた人の痕跡を見つけたりする。


会いに行けないという意味では九州もあの世も距離的にそんなに違いはないので、
引き続き九州で元気にやっているのだと思っておく事にしよう。
あと、暗くなってから堤防を歩くのは結構危ない。


歴史を歩く覚王山

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毎週、徒歩でサファリパークを巡回するような緊張と疲労感のためブログ更新する余裕が無く。
今回は8月29日に行ってきた覚王山周辺の街歩き報告をします。(また写真多めです)


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夜のうちに雨が通り過ぎてくれたので、当日は晴天に恵まれました。
待ち合わせた覚王山駅を出て、日泰寺の参道を歩きます。

前に覚王山に来たのは低空飛行net(の前身フジヤマ会)を始める前なので、実に7年ぶりです。
この日は一緒に会を立ち上げた「フジヤマFの方」も久々に街歩きに参加してくれました。
(以前ブログでも書きましたが、最初期はフジヤマ・F・太郎とフジヤマ太郎Yの2人組でした)

参道にはお洒落な店も増えていました。7年前は えいこく屋 で紅茶を買った記憶があります。


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FFのラスボスみたいなオブジェ(客寄せになるのだろうか?)のある店や、古い旅館も。
オブジェは10月末からやっているらしい 参道ミュージアム に関連した作品なのでしょうか。


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赤い螺旋階段には見覚えがありました。チーズの店らしい。

「この先は水分補給できる場所があまりない」という達人の助言に従い、自販機で飲み物を購入。
参道から1本わき道に出ると、なだらかな坂になった五叉路が見えます。


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この日は定休日だった 覚王山アパート の外観だけでも見ていく事にしました。
玄関やトイレにも作品を展示したりしているようです。

五叉路の近くにあるのでゴサロサロンみたいなものだなと思いながら移動。


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細い坂道の路地を通って参道に戻ります。
ゆるいカーブの道を歩いて行くと、遠くに 日泰寺 の山門が見えてきました。


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変な呪い人形みたいなのが飾られた米屋では五平餅などが売っていました。

石材店のキティちゃんは以前にも見覚えがありましたが、きかんしゃトーマスは新作だろうか。
7年という年月で街の様相も変わったと思いますが、変わらないものもある事に安堵を覚えます。


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木製の仏像や地蔵などを見つつ、日泰寺に到着。
日泰寺の日は日本、泰(たい)はタイ王国の事です。

タイから分与してもらった釈迦の遺骨を納めるために宗派を超えて建立された唯一の寺院で、
覚王山の覚王というのも覚りの王、釈迦の事なのだとか。
山門の左右に置かれているのも仁王像ではなく、釈迦の弟子である 阿難迦葉 の像です。


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五重塔は平成9年建立らしいので比較的新しい。
広々とした敷地には参拝客も少なく、静かな平日の午後といった雰囲気です。

本堂の向こう側には 東山給水塔 の屋根が見えます。
近くで見てみたかったのですが、寺の裏側に回り込む必要があり、時間の関係で諦めました。


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本堂の隣にはタイの チュラロンコン大王(ラーマ5世) の像が。
名君として現在も人気があり、妻が160人以上、子供が77人いたというスケールのでかい王です。
日泰寺の本尊となっている釈迦金銅仏も、タイの国宝だったのを贈ってくれたのだとか。

その釈迦金銅仏を参拝して、ふと後ろを見るとおみくじのガチャがありました。
何となくご利益が薄そうな。


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東の出口横に浄メ石という謎の回せそうなやつが。
使い方がわからず触りませんでしたが、帰って調べたら輪廻塔という石柱らしいです。

次は、坂を下りて少し南下した所にある 揚輝荘 北園に向かいます。


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揚輝荘は元々、松坂屋の初代社長が作った別荘なのだとか。

北園と南園があり、北園には伴華楼(ばんがろう)という バンガロー をもじった建物が。
尾張徳川家から移築された座敷に、洋室を新築してドッキングさせたのだそうです。


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中は現在一部だけ公開されていて、看板や暖簾なども展示されていました。
和風な所を残しつつ、床や壁のタイルパターンがモダンな感じだったりと面白い建築物です。


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庭園内には稲荷神社もあります。
赤い鳥居をくぐって下りると鯉の泳ぐ池があり、時間帯が良ければ
水面に日泰寺の五重塔が逆さまに映るのを観られるのだとか。


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庭園には白雲橋という橋があるのですが、2週間前の台風で倒木があり工事中になっていました。
北園のシンボルらしいので観てみたかった……。

あとは三賞亭という茶室を観たり、赤いキノコを見つけたり、
蚊に刺されたりしながら北園を出る。


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案内のおじさんには「また紅葉の季節に来るといいですよ」と言われました。
教えてもらったマンション横の通路を歩いて南園に。

聴松閣という山荘のような建物にやってきました。
ここはかつて迎賓館として使われていたようです。
8月29日はたまたま開館記念日だったので無料開放されており、粗品も貰えました。


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食堂だったエリアは現在喫茶店として利用されているようです。

閉館まで30分ほど。案内の人が「時間がないから駆け足で」と各部屋の解説をしてくれました。
床に角材の跡がつけられているのは「なぐり仕上げ」というそうです。
「殴り仕上げ」だとばかり思っていましたが、後で調べてみると「名栗仕上げ」らしい。
殴りをもじったようです。


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松坂屋の初代社長、 伊藤祐民 の「いとう」が彫られています。

2階に上がる階段の手すりも名栗仕上げだそう。
横幅を広めに造られているのは、客人と話しながら上れるように考えられているのだとか。


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2階には書斎や客間がありました。

初代社長はインドまで行ったらしく、部屋の天井や窓が船のイメージだったり、
部屋ごとにインド風、中国風だったり、和室が一つだけあったり、趣向が凝らされていました。


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トイレだった場所も。

3階は使用人の部屋だそうで、入れませんでした。
客人が使用人に見下ろされたり、すれ違ったりしないよう階段も別々だったり、
製作者の意図、計算を強く感じる造りです。


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最後は一番の見所らしい地下1階に。

まず飛び込んでくるインド壁画の異国オーラに度肝を抜かれます
これは瀬戸まで陶器を学びに来たインド人に描かせたものだとか。

全長170mもある地下通路があり、正確な目的が不明なまま初代社長が亡くなったとか、
面白いエピソードが多く、解説を聞けて良かったです。


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地下にはホールがあり、小さな舞台やカウンター、インド式の瞑想室も備わっています。
この部屋は夜間3000円で借りられるそうです。

地下1階なのに窓から陽光が入っているのは、わざわざ窓の位置まで掘り下げているのだとか。
窓ガラスにはヒマラヤ山脈が彫られていて、製作者のインドへの傾倒が見られます。

館内を見終えると閉館時間まで残り2分、ぎりぎりで全部観覧できました。
同行者はゆっくり写真を撮ったり、自分のペースで見たかったかも……と言っていましたが、
そうしていたらこの面白い地下1階を見る時間はなかったかもしれない。難しい所です。


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揚輝荘を出た所で途中参加したいという人からメールが来ていた事に気付く。
Fの方が次の予定があると言うので、覚王山駅で別れる事に。

7年前に覚王山に行った面子で、現在も付き合いが続いているのはFだけになってしまいました。
7年という年月はそういう長さなのかもしれない、努力や相性だけの問題ではなく。
7年後には、今、一緒に歩いている人たちとはどうなっているのだろうか。

Fと別れて、途中参加の1人が合流して、駅から東に歩きます。
坂の上には 昭和塾堂 が見えてきました。
昭和3年に作られ、現在は愛知学院大学の研究棟として使われているようです。


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昭和塾堂を通り過ぎて、山道のような道を登って 城山八幡宮 に。
お札を焼く煙?が立ち込めています。

手水舎には四葉のクローバーをかたどったローズクォーツの水盤がありました。
近年、恋の三社めぐりで有名になったので、恋占いの水みくじというのをやっているようです。
こういう俗っぽさは好みが分かれる所かもしれませんが、歴史を生き延びるには仕方ないのかも。


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桃取石という、青い石と赤い石の間をカップルが目を瞑って出会えたらOKという石や、
連理木という幹の絡まりあった木もありました。(病気のためビニールかかっていましたが)


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また坂を下りて覚王山駅に向かいます。坂の多い街でした。
何か忘れていると思ったら、 末森城址 を見るのを忘れていた。


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18時に地下鉄で本陣駅に到着。新たに1人と合流して Baan Tawan バーンタワン に入ります。

覚王山の街歩きなのにどうして最後は本陣の店に?という疑問もあるかもしれませんが、
日泰寺で日本とタイの結びつきを学んだ後にタイ料理を味わうという、深い考えがあっての事で
何らおかしい所はない。


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店内はお洒落なカフェ風です。
1つだけ5人掛けの席があったのでちょうど良かった。
歩いた距離はそれほどでもなかったですが、坂道が多くて結構疲れました。


メニューの「すげぇ辛いラーメン」や「まぜソバ」も気になりましたが、
パクチーモヒートと、タイ料理らしいガイトードを注文。
他の人は豚バラパクチーやガパオライス、海老のナンプラーアヒージョなどを頼んでいました。


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揚輝荘で粗品として貰ったせんべい、クリアファイルと一緒に。
揚輝荘は今回行ってみて予想以上に満足感のあった場所でした。

ガイトードはピリ辛のタレがかかっている、タイの唐揚げです。
山盛りを頼んで皆で食べましたが、非常に美味しかったです。


岡崎、竹島水族館、日間賀島、伊勢など、そのうち街歩きしたい所についても話をしました。
街歩きでなくても、夜に食事だけでも良いかもしれない。


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この唐揚げにはビールしかない……とシンハービールを追加注文したものの品切れらしく、
代わりにレオビールを注文。「レオ」と名乗りながら、でかでかと描かれていたのは豹の絵。

他の人が頼んだグリーンカレーも一口いただきましたが、辛さよりもココナッツミルクの
まろやかな甘みが印象的でした。


落ち着いた雰囲気で混んでもおらず、ゆっくり話をするには結構良い店だったかもしれない。

店を出ると20時、夜は随分涼しくなりました。
今年の夏ももう終わります。


猫のいる低空飛行

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21日の月例会に参加された方々、お疲れ様でした。
来月は9月18日(月・祝)にあります。今回来られなかった方もまた次回どうぞ。 


初参加の方がクッキーを焼いてきてくださり、皆でいただきました。
ほろ苦いオレンジピールと濃厚なココアが大変美味しかったです。ありがとうございました。

病気の事、今後の事、自助グループの役割について、自分自身の事を開示する/開示しない権利、
若年者自立支援サテライト事業 が終了して 若年者自立支援ステップアップ事業 になったなど、
色々と話をしたり、情報を教えてもらったり、夜までまったりと過ごせました。


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サロンの前に堂々と居座って、道行く人を思わず立ち止まらせる猫様も。
こういう泰然とした在り方は見習いたい。


来週29日(火)の街歩きは当初 荒子観音 など名古屋市西部を歩く予定でしたが、
あおなみ線の乗り場がわからないという方がいたので、東山線で覚王山に行く事になりました。
日泰寺 参道や 揚輝荘 、城山八幡宮 など行き当たりばったりに彷徨う感じになると思います。

今回は事前に調べていないためあまり詳しくないエリアですが、なぜか昔チェックしてあった
 SobaCafe日本の暮らし という変わったカフェ(蕎麦屋?)などがあるようです。
サイトを見たら29日は15時まで営業のようなので行けなさそうですが。

平日なのでなかなか参加が難しいかもしれません。
18時以降には本陣の Baan Tawan バーンタワン に行ってみようと考えているので
そこだけ合流できそうな方も気軽にどうぞ。


夏歩き夏祭り

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夏真っ盛りですが、晴天の少ない日が続きます。
14日に栄や名古屋城を歩いてきたので今回はその報告を。(結構長いです)


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待ち合わせ場所のクリスタル広場(もうクリスタルないですが)に行くとレゴのシャバーニが。
大阪大学レゴ部のメンバーが半年かけて製作したものだそうです。


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この日はやや曇っていたので日差しはそれほど強くなく、しかし夏を感じられる暑さでした。
噴水でキャーキャーと水遊びをする子供たちの横を通って久屋広場に向かいます。


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この日は WORLD BEER SUMMIT 2017 の最終日。
ステージでは50~70年代くらいの名曲を演奏していました。

売店の前に立つ、顔のくどいビアスタマン人形の手には櫃まぶしとエビフライが。
特にビールを飲む訳でもないので、15分くらいうろうろして次の目的地に行きます。


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松坂屋の7階にある松坂屋美術館で開催されている ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~ 展に。
これはルーブル美術館とフランスの出版社が バンドデシネ 作家と日本の漫画家に
「ルーブル美術館とその所蔵品など」をテーマに作品を依頼、その原稿を展示した特別展です。

No.9という題は「建築」「彫刻」「絵画」「音楽」「文学」「演劇」「映画」「メディア芸術」
の8つに次ぐ第9の芸術として漫画(バンドデシネ)が位置づけられている事に因んでいるよう。

入り口と出口の付近だけ撮影OKとなっていたので少し撮りました。


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漫画は絵が展示されている下に文字だけまとめてある形式で、
情報量が非常に多いのでじっくり読んでいるとかなりの時間がかかります。
読みながら何か話が飛んでいると思ったら、全ページが展示されている訳ではないと気付いたり。


近年では 孤独のグルメ で有名な、今年2月に亡くなった 谷口ジロー 作品も出展されていました。
フランスでは「日本人だが、フランスが誇るバンドデシネ作家の一人」と高く評価されています。
亡くなった時に「犬を飼う」「父の暦」など読んでみようと思っていたので、これを機に読むか。

最後にミュージアムショップも見て、結局1時間半くらい鑑賞していました。


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松坂屋美術館を出たらそのまま地下まで降りて、矢場町駅から地下鉄で市役所駅に。
この日は 名古屋城夏まつり 最終日の前日だったので、浴衣を着ている人がちらほらといます。
まだ16時過ぎで夏祭りというには明るい。


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入ってすぐの露店?には 南部鉄器 やアメジスト、柿渋染めの鞄や家具などが売っています。
祭りの解放感でこういう物もうっかり売れたりするのだろうか。


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西の丸に続く道には、お化け屋敷(定員6名)や戦国武将ゆかりの地のB級グルメ露店が。
「石田三成は近江だから近江牛かな?」など同行者と予想しながら西に歩く。


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盆踊りは18時からなので、西の丸会場はまだ閑散としていました。
とりあえず、日替わりでイベントをやっている二の丸広場のステージに行ってみる事に。

「土日だったらおもてなし武将隊が、最終日なら 薪能 が観れたのに……」
とあまり期待せずに見た松蔭高校和太鼓部の演奏が、思ったより見応えがあり良かったです。


「私たち一年生が今回初めて」と言っていたので、こんな15~6の2000年以降生まれの子らが、
きっと夏の暑い日も一生懸命練習したんだろう……15~6年前なんて自分は何やってた……と
胸の中を様々な思いが去来して、気付けば老人のように目を細めて観ていました。

夏はまだこれからです。


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盆踊り大会までまだ1時間近くあるので、 昨年も行った 本丸御殿に入りました。
屋外に目を移すと風情のない景観が。


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前回来た時にはなかった新しい部屋、囲炉裏などが増設されていました。
今年度中に工事が終了して来年には完全版になるようです。


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忠実に再現された木造の御殿にさりげなく?埋め込まれた消火器や送風機、コンセントなどの
現代機器が、何かシュールで良い味を出していると思いました。

結局15分足らずで見終わってしまい、喉が渇いたので外で飲み物を買います。


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まだ18時まで30分近くあるので、行った事のない本丸御殿のミュージアムショップにも入る。

同行者が鞘に入った刀の形をした耳かきを買っていました。
秀吉のシールと家康のシールがついた2種類あると思ったら、シール以外は全く同一品という。


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やっと18時、まだ明るい青空に鮮やかな飛行機雲が。
祭りはまだこれからです。

盆踊り会場でも名古屋囃子の「よっさよさ」やっていました。意外に踊っている人が多い。
いつの間にか露店はどこも行列ができていて、夏祭りらしい雰囲気になってきました。


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特に踊りたかった訳でもないので、落ち着きなく盆踊り会場を後にして再度二の丸広場に。

名古屋吉本お笑いライブが驚くほど面白くなく、(同行者は好きだと言っていましたが)
次の戦国姫隊は戦国というくらいだから「斬首」とか「篭城」とか「鶴翼の陣」みたいな歌かと
思っていたら普通に現代っぽい歌だったので、何となく落胆して名古屋城を出る。


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名古屋城近くには店もなさそうなので、地下鉄で移動して気になっていたトルコ料理の店に。

本格的な料理店というより、トルコのファストフード店といった感じでお手頃価格です。
客は半分以上が中東出身の外国人っぽい。(でも結構日本語で喋っている)

昼から歩いて空腹だったのでケバブサンド(ビーフ)とポテト、 アイラン のセットを注文。
ピタパンに挟まれたドネルケバブにチリソース?とヨーグルトソース?をかけていただく。
アイランは甘くない飲むヨーグルトみたいな飲み物で、後味がさっぱりしています。


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次の機会があるかわからないので、カウンターの バクラヴァ も頼んでみればよかったかも。

去年よく一緒に街歩きをしていた人たちはそれぞれ仕事をし始めたり、調子を崩したり、
引っ越したりで予定を合わせるのも難しくなったけど、今回は祭りの空気を味わえて
良い夏の思い出ができた、またどこかに行こうと話をしました。


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遠方の1人を名古屋駅まで送って、ついでに買い物をして帰宅すると21時半でした。

今年も何とか「2017年の夏を思い出す時はこれ」という思い出を作れたように思います。
あと1回か2回くらいはどこかに行く機会を作りたい。
夏はまだこれからです。


七里の渡しと一人の私

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先週は急に予定がなくなってしまったので、たまには外に出ようと久々の一人街歩きに。
以前から行ってみたかった熱田神宮南にある 七里の渡し 周辺を歩き倒す事にしました。


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とりあえず宮の渡し公園まで歩いて、その後どうするかは考えず、気分で行き先を決める事に。
地下鉄の伝馬町駅を出ると旧東海道と書かれたアーチが目に入ったので、そこを歩いてみる。


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街灯に錆びた文字で「旧東海道」と書いてある以外は何の変哲もない住宅街の道路です。

旧東海道と美濃路、佐屋街道の分岐点にあったらしい道標と案内板がありました。
ここから少し北の方に歩くと、1号線越しに熱田神宮の鳥居が見えます。
しかし向かうのは神宮とは反対方向の南です。


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ふと歩道を見ると、抽象度が高すぎてどう見ればいいのかよくわからないマップが。
雲の渦の中心を抜けた堀川の水底に、失われた熱田宮まちがあると示しているのかもしれない。

宮宿の陣屋跡地に建てられたという、あつた蓬莱軒の本店を横目に堀川方面に歩きます。


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宮の渡し公園に到着。
写真で見ると曇り空にしか見えませんが、雲の多い晴れといった感じの日でした。

現在は堀川祭りの準備中のようで、人はほとんどいないですが鳩がいます。
ここにも地面に何か描いてある。


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昔はここが海岸で、名古屋の南端だったのかと思いをはせる。
昔の人がんばって埋め立てすぎ。
今ある常夜燈や時の鐘の鐘楼は、太平洋戦争後に復元されたものらしいです。


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船着場跡のでっぱり部分には店名や人名の入った提灯が並んでいました。
遊覧船の発着ができるようになっているようですが、自分以外には人っ子一人いない。
解放感で出かける前よりも気分が晴れてきました。


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宮の渡し公園を出て堀川沿いに歩き、小さな公園を通って橋の上からでっぱり部分を見てみる。
神宮方面の道を行くと寺などがあるのですが、何となくそのまま川沿いに北上していく事に。


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この辺りはマンションや古い家の合間合間の狭いスペースに神社がぽこぽこありました。
大瀬子公園脇にあった神社には熱田魚市場跡の案内板が。海だったなら魚市場もあるか。

歩道の魚の絵を見て、前のあれはマップではなく何かの絵だったのでは?と気付く。
まぎらわしい矢印が何なのか気になりつつも先に進みます。


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また神社の横を過ぎると噴水のある南堀川端公園が見えました。
自転車に山のように荷物を積んだおっちゃんが、裸足のままベンチで寝ている平日の午後。


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白鳥庭園まで来たので入ってみると、そこかしこで剪定していました。
もう少し時期が遅ければ紫陽花が見頃だったかもしれない。


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川や滝もあって涼しげですが、この時期はもう蚊がいるというのを失念していました。
やっぱり庭園には春か秋に来るのが良いような気がする。


しかし緑一色の葉っぱにもそれぞれ濃淡や陰影があり、一様ではない彩りが感じられます。
明度差、彩度差が乏しければ平坦に見えてしまう、陰影が個を際立たせて彩りを作るのだなと。
不幸は人生の醍醐味の一つという考え方もあるし、彩りある時間には必要な陰影なのだろう。


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精確に鯉のえさを掻っ攫うカラス。
平日の午後は人も少なくて、貸切のように見られて最高ですね。蚊さえいなければ。

この辺で飽きてきたので足早に出口に向かう。
誰にも合わせなくて良いのでどんどん自分のペースで動くように、自分の欲求に忠実になる。
取り戻していく感じ。


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白鳥庭園を出て、御陵橋を渡ります。
橋の上からH型の 名古屋国際会議場 と青白い橋が見える。

行けなくはなさそうな距離にあるんだな、後で行ってもいいかな。
その時に目に入ったものを、己の気分と足だけで制覇していけるのが一人歩きの醍醐味です。


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何か結界があると思ったらハロワだった。
しかし今のお前ならば通れるはず。

白鳥御陵 に着きましたが、普通に蚊が多いだけの小さい森でした。
特に感慨もないし、ヤマトタケルの墓でもないし……。


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白鳥御陵に行ったら 断夫山古墳 にも行かなければ。
消防団の半鐘?のある道を通って熱田神宮公園に。

約150mもある愛知県最大の前方後円墳に沿って公園内を歩きます。
しかし古墳というのは小山でしかないので、どうしても茂みの前の案内板写真になってしまう。
実際近くを歩くと、街中に切り取られた森があるというのは独特の存在感を感じられるのですが。


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ここで西高蔵駅から帰る事も考えましたが、歩くのを終えるにはまだ全然明るい。
せっかく来たので名古屋国際会議場のスフォルツァ像を一度見てみようと
遠くから青白く見えていた熱田記念橋を渡って白鳥公園に向かいます。

やけに学生が歩いてくると思ったら、名古屋学院大学から駅までの通り道になっている模様。
橋を渡ると変なオブジェがくるくる回っていました。


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元 デザイン博 の会場だけあってそこら中にモニュメントっぽいものがあります。
惑星マークのついた柱は創造の柱というようです。
手前の気になる木は、調べてみたらアコウの木らしい。

センチュリーホールは白鳥のイメージだそうですが、白鳥よりは蟹に見える。


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国際会議場の前にある 幻のスフォルツァ騎馬像 です。
ダ・ヴィンチが製作中断した、この世に存在しない作品でしたがデザイン博で復元されました。
今となってはこれを寄贈した東海銀行の方が幻になってしまった。

高さが8m以上あるので、下から見上げるとかなり迫力があります。
スケールの大きいものを見ると、日々くだらない事に煩わされるのが心底無駄な時間に思える。

想像していた以上に見応えがあったので、やはり来て良かった。


IMG_5392IMG_5393
そのまま西に歩いてコンビニで飲み物を買い、日比野駅から帰りました。
(この後もまだ寄り道してから帰ったのですが)

昔よりも人と接する時間、求められる役割も増えて、我慢もしなければならない。
やはりこんな風に一人で歩いて、身一つで始めた時の事を振り返り、取り戻していく時間が
自分には必要なのだと再確認した一日でした。


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